今月のレビュー作品

Batman: No Man's Land/高木 亮

レビューコーナーでは皆さんのお便りをお待ちしています!

 

〜何も無いこと、それは何でもあるということ〜

タイトル:Batman: No Man's Land
推薦者:高木 亮

 我々は人間である。少なくともそう思い込んでいる。憲法によると、我々人間には基本的人権があり、人間らしい生活を送る権利があるという。我々の日常生活はさまざまな社会制度によって保障されており、平穏無事な人生を送れるようなシステムが確立されている。しかし、そうしたシステムは我々が自分の権利を守るために自分で勝手に作りあげたものであり、結局は共同幻想にすぎないと言える。我々は自らを檻のなかに閉じこめることによって、権利と平等を手に入れたのである。それならば、もしこの檻が破壊されたならば…あらゆる社会システムが崩壊し、既存のルールや法律が何の意味も持たなくなったならば…我々は一体どうなってしまうのだろうか? 檻のなかでは「人間」という社会的動物の仮面をかぶっている我々も、檻の外へ一歩足を踏み出せば、ただの「ヒト」という生物になってしまうのではないだろうか? 今回紹介する『Batman: No Man's Land』は、檻の外に連れ出されたヒトの物語だと言えるだろう。
 とどまることを知らない犯罪発生率の上昇、致死性伝染病の蔓延、直下型大地震による市街地の崩壊…。巨大都市ゴッサムシティは、ここ数年の間に、幾度となく致命的な事故や事件に見舞われており、もはや手の施しようがない状態にまで陥っていた。そこで、合衆国政府は大胆な政策を実行に移すことにした。それはゴッサムシティの住民を別の都市へと強制退去させ、ゴッサムシティそのものを合衆国本土から隔離してしまおうというものだった(ゴッサムシティは河口にできた巨大な島の上に作られた都市であり、本土とは数本の橋でつながっているだけである)。無謀とも言える政策だったが、議会はさまざまな反対意見を押し切ってゴッサム隔離政策を可決する。この結果、市民は半強制的に家を追い出され、街と本土をつなぐ橋は封鎖され、電力供給は絶たれることとなる。かくして、ゴッサムシティは文字通り入ることも出ることもできない孤島へと変化してしまった。
 しかし、政府の理想とは裏腹に、全ての住民がゴッサムシティを離れたわけではなかった。法の追求を逃れようとする数多くの犯罪者が、あるいは行き場のない不法移民や貧困層の人々が、ゴッサムシティに居残ることになった。さらに、ゴッサムシティが無法地帯と化すことを予見したジェームズ・ゴードン市警本部長も、残された市民を守るために、信頼のおける仲間とともに残留する決意を固める。けれど、今のゴッサムシティには、既存の法律やルールなど、何の意味も持たなかった。そこはダイヤモンドの宝石よりもコンビーフの缶詰のほうが大切で、ロレックスの腕時計よりも使い捨てライターのほうが価値のある世界なのだ。そこにはもはやルールは存在しなかった。あるのは、ただメ生き残りモという掟だけなのだ。
 ゴッサムシティに残された人々は、生き残るために派閥をつくり始める。そして、それぞれのグループは、自分の縄張りを拡大するために、互いに熾烈な抗争を繰り広げることになる。かつて栄華を誇った巨大都市ゴッサムシティに、群雄割拠の戦国時代が到来したのだ。果たして、正義という言葉が何の意味も持たなくなった無法地帯で、バットマンたちは再び秩序を取り戻すことができるのだろうか…?
 『Batman: No Man's Land』を読んでいて思いおこすのは、「歳寒くして松柏のしぼむにおくるるを知る」という諺である。この諺は、暖かい夏の季節には緑色の葉をつけている木々も、寒い冬の季節になると、ほとんどが枯れ落ちてしまい、松や柏のような寒さに強い木々しか緑の葉をつけていないことを言い表したもので、転じて、人間の真価は厳しい状況のなかでこそ初めてわかるものだという意味である。現実におきた大惨事を思い出して欲しい(94年1月のロサンゼルス大地震、95年1月の阪神大震災、昨年の米国同時多発テロ事件…)。あのような緊急事態にあって、我々人間は何をなしえただろうか? 互いに助け合う者がいる一方で、破壊された店舗から物品を略奪した者もいた。こうした極限状況においてこそ、平和な日常生活のなかでは決して見えてこない、人間の本性が現れるのだろう。『Batman: No Man's Land』は架空の世界の架空の出来事を綴ったドラマである。しかし、そこに描かれているのは、まぎれもない人間の真実の姿なのかもしれない。
 『Batman: No Man's Land』は、1999年1月から12月の1年間を費やして、バットマン関連のタイトルを中心に展開された長大なサーガである(全5巻の合本が発売中)。本シリーズにはバットマンやハントレスをはじめ、ジョーカー・ペンギン・トゥーフェイスといったお馴染みの敵キャラも多数登場しており、まさにバットマン世界のオールスター総出演といった感じで楽しめる。さらに、物語が進むにつれて、新バットガールが登場したり、ゴッサムシティを外部から操ろうとする謎の勢力なども絡んできて、ストーリーのテンションは下がることはない。ゴッサムシティの隔離から解放までの1年間を年代記風に綴っているので、第1巻から読むのが望ましいが、自己完結した複数のエピソードを積み重ねて全体のストーリーを作っていく構成になっているので、途中から読み始めても特に問題はないだろう。このシリーズには多数の作家が参加しているが、その中心的な仕掛け人となったのが、グレッグ・ルッカという脚本家である。ルッカはもともとはハードボイルド作家であり、日本でも『守護者』『奪回者』(ともに講談社文庫)などの作品を読むことができる。ルッカが書いた小説版『Batman: No Man's Land』も存在するが、コミック同様に未訳である。ちなみにルッカの最新作は、日本の人気イラストレーター天野嘉孝と組んだイラストノベル『Elektra & Wolverine: the Redeemer』であり、こちらのほうも要注目の1冊である。
 

【作品データ】

Story and Art : Various
Publisher: DC Comics
発売:1999年 ※Vol.1〜Vol.5まで、全5冊の合本が発売中
関連サイト:http://www.dccomics.com/

 

過去のレビュー作品

'02.02.08
Breakfast After Noon

'02.01.16
Hellboy: Conqueror Worm,BLOODSTONE

2002年のレビュー
2001年以前レビュー



レビューのコーナーでは皆さんのお便りを募集しています。皆さんが「面白い!」と思った海外コミックを何でも紹介して下さい。知られているもの、知られていないもの、これを見ている皆さんに読んで欲しいもの、そうじゃなくても何だかちょっと「コレ面 白かったよ」と呟きたいようなものも。アメリカのコミックだけでなく、フランスの"BD"やイタリア、香港、中国、その他とにかく「海外」のコミックの紹介、大歓迎します!

レビューを送っていただく際、できるだけ表紙の画像を一緒にいただけると助かります(もちろん、なくても全くOK!ですが、見つかりにくい本の場合、画像が入れられなくなってしまい寂しいことに・・・) 。添付の場合はJPEGかGIF。80K以下の小さな画像でお願いします。
とにかく、このコーナーは皆さんの投稿で作られるコーナーです。どんどん投稿をお寄せ下さい。お待ちしてます!!

当ホームページへの投稿の宛先はこちら:contact@planetcomics.jp


PLANETCOMICS.jp
[WorldComicNews] [ComicReview][Contact US!]