〜「この世の奈落、それが南極。」(Whiteout
1ページ目より)〜
タイトル:Whiteout
推薦者:阿部 静
南極というと、どうも子供の頃に見た映画のせいか、タロとかジロとかのほのぼの感動物語というイメージぐらいしかなかったのですが、どうでしょうこの書き出し。こんな暑い日には涼しい南極でペンギンやゴマフアザラシとたわむれたいという我々の南極への憧れをほどよくぶち壊してくれるじゃありませんか。そう、これは南極大陸という隔絶された舞台で起こった殺人事件に挑む女のハードボイルドミステリーなのです。
米国マクマード基地に駐留するただ一人の女性連邦保安官キャリー・ステッコ。1959年の南極条約によって締結国の武器の持ち込みは一切禁止されているので、彼女の出番はほとんどない。つまり閑職。そんな彼女の死んだように静寂な日々は奇妙な死体の発見によって破られる。顔面は陥没して身元不明、遺体の周囲の氷には何かを採掘したかのような深い穴。凍死に転落死など南極では人の死は珍しくはない。でも殺人、これは話が別だ。さらに運の悪いことにキャリーの捜査は急を要した。あと二週間で冬を迎え、南極上の人口の9割が本国へ帰還してしまうからだ。
悪態をつきながらも独り捜査を開始したキャリーは、遺体のそばで学術調査キャンプを張っていたチーム五名の消息を追って、英国ビクトリア基地に辿り着く。そこで彼女を待ち受けていたものは、なぜかこの一件に興味を示すMI6の諜報部員リリー・シャープと、新たな死体、そして正体不明の「犯人」の奇襲。吹雪で視界が効かなくなるホワイトアウト現象とリリーに救われたキャリーは一命を取り留めるが、代償として右手の指を凍傷で失う。喪失。キャリーの脳裏に忌わしい記憶が甦る。全てを失って南極に追放される原因となった過去の不祥事。それは彼女の中の「女」の弱さが引き起こした悲劇だった。
物語はいちおうミステリーなのですが、最初の数ページで既に約一名が挙動不審なので犯人はバレバレ、殺人の動機についても途中で解明されてしまうので、多少食い足らないと思われるかも知れません。しかし、チビ・ブス・凶暴と三拍子揃っているのにどこか人を惹き付けずにはいられないキャリーと、美人で優秀なのにどこか抜けててキャリーの足を引っ張る女スパイ・リリーの人間的魅力がそれを補ってあまりあります。特に鉄の女キャリーが自分の境遇に苛立ち、酒を飲んでも紛らわせずベッドで声を殺して泣くシーンなどは、昔の少女スポ魂漫画の「だけど涙が出ちゃう。だって女の子だもん」というセリフを彷佛とさせます。どんな冷血な女でも流す涙はあるのです。氷しかないと思われていた南極に、人を殺してでも奪いたいと思わせる資源が眠っているように。
なお、この後キャリーの活躍は続編で2000年アイスナー受賞作の「Whiteout: Melt」に続き、リリーはタラ・チェイスと名を変え「Queen
& Country」の主人公となります。もしキャリーという人間が気に入ったのなら、2000 Oni Color SpecialでBarry Weenと共演し、大人の女の余裕を見せつけてくれた8ページ「Weenout」をオススメいたします。
【作品データ】
Writer: Greg Rucka
Artist: Steve Lieber
Publisher: Oni Press (ISBN:0-9667127-1-4)
PDF版フリーコミック:http://www.onipress.com/freecomic/
南極観測のホームページ(参考):http://jare.nipr.ac.jp/
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